留学生

娘の大学では、留学生をお世話する係みたいなのがあった。
娘は黒人の女の子を担当していた。


「お正月におばあちゃんちに連れて行く」
なんですと!
この「おばあちゃん」は私の母ではなく、家人の母親。
義父母の家はとても古い。とても狭い。
トイレは当時、まだぼっとん式であった。
そこに留学生をご招待?
「日本の昔ながらの正月を見せてあげたい」
別に由緒正しい慣習があるわけでもない。
集まってご飯を食べるだけだ。


義母が喜ぶことは分かっている。そういう性格だ。
「まあ あんたがいいなら いいよ」
義母や義弟の嫁さんに了解を得て、そう言った。


ハグが照れくさいとか英語を話さなければ!とか、
そういう神経を持ち合わせていない一族である。羨ましい。
平気で抱き合い、カタカナにすれば英語になるとばかりの会話で
あれを見せたりこれを見せたり食べさせたり。
義母はずっと留学生の傍で、台所に近づきもしない。


いつもは家人(義母にとって大事な長男)に台所を手伝わせると
とんでもないことだと嘆くくせに、その年は知らん顔である。
家人は私と並んでひたすら皿を洗った。


歓待を通り越したしつこさに留学生も辟易かと思いきや、
とても楽しかったようだ。「おばあちゃん だいすき」
帰国前にもう一度会いたいと言うほどだった。


国際交流って理屈じゃなく、心でするもんだなあとしみじみ。



無事正月を終えて、やれやれと思う間もなく今度は
「うちに連れてくるから 着物着せてあげて。
あと新品の浴衣あったよね? あれ あげていいよね」
浴衣はあるが、帯がない。あっても自分では結べないだろう。
三尺帯ならいいけれど、真冬に売ってるだろうか。


肌襦袢や腰巻を着つけるなんて恥ずかしくて出来ないから
ワンピースタイプの襦袢を買って来よう。
浴衣と三尺帯(あれば)と一緒にプレゼントすればいい。


「ああ あとご飯も。お肉が好きだから ハンバーグかな。
特製ハンバーグを食べさせてあげてよ!」


国際交流って体力でするもんだな!
娘で着付けの練習をし、かぼちゃのスープとデミグラスを仕込み、
いつもより高い牛肉を買いに行く。


特製ハンバーグと言うのは、ハンバーグたねを細長い俵型にし
中にチーズを包み込み、それを薄切り牛肉で巻くのである。
我が家の子はハンバーグをあまり好きでなかったので
あれやこれや工夫するうちに、くそ面倒くさいハンバーグになったのだ。
デミグラスソースをかけて供する。


小紋を着つけて帯を結び、雛人形と写真を撮る。
スープもハンバーグも気に入ったようで、おかわりをした。
ハンバーグのレシピを訊くので娘に通訳させたが、
アメリカでは薄切り肉は売っていない。
娘もお好み焼きを作る時に困ったらしい。
どうしたかなあ。デミグラスはハインツの缶詰を教えておいた。


疲れたが、黒人の女の子に着物を着つけるなど
そうそうできる体験でもない。喜んでくれたから、まあいいか。



その後、今度は「アメリカから友人が来るから泊めていい?」ときた。
泊まるとなると風呂から布団から大騒動である。
なんせリフォーム前の、築30年のマンション。
「だめ」「なんで」「恥ずかしいから」「気にしないって」「絶対やだ」


「これだから日本人は」


うっさい。国際交流にはもう充分貢献したわい。