怖い本?

高校生の時、土曜日の午後は途中下車して本屋。
本屋には友人と二人で行くことが多かった。


その日、先にレジにいた私。そこへ友人が一冊を手にひょこひょこと。
彼女の手元を見て私はぎょっとした。
「カリギュラ」
ローマ皇帝のひとりである。それはいい。問題は「当時」である。
その名をタイトルとした映画が上陸した。
内容がエグいということを私は某雑誌(JUNEですね)で知っていた。
「……買うの」 彼女は屈託なく「私 ローマ好きだもん」。
それは知ってます。でもあなたはその本の内容を知らないでしょう。
私の前には店員さん。内容を説明するのも買うなと言うのも憚られる。
「それ ……怖いよ」 「え 私 怖いのも好きだよ」
彼女はレジに本を置いてしまった。


月曜日。
「どうして教えてくれなかったの!」 言ったじゃんよ。怖いって。
「半分読んだら もう気持ち悪くて 持ってるのもヤダ!」
じゃあ 私が買うよと傍にいた友人が言った。
彼女のことだから内容を知ってのことである。売買は成立した。
その翌日。
「あの子 半分読んだって言ってたけど よく半分も読めたと思う。
私 20ページでめげたわ」
そして彼女はクラス内の希望者にその本を回覧した。


麗しきかな (処)女の園。


女の園での話題をもうひとつ。出演者はローマと怖い話が好きな友人。
図書館の奥にある司書室。図書委員の私たちはそこで放課後を過ごす。
図書委員の仕事をしたり本を読んだり。
司書のお姉さま(と呼ぶのがならわしだった)とおしゃべりしたり。
時々国語科の教師が作業をしている。


その日、私と友人、国語科の男性教師が同じテーブルについていた。
冬だった。ストーブのやかんが音を立てる。あとはページを繰る音。
ペンを走らせる音。なんとも穏やかでおごそかな時間。
それを友人が破った。


「ねえ インポテンツってどういう意味?」


彼女は本を読んでいた。半村良。
国語教師の手が止まった。数秒後に再び動き出す。
「調べなさい」 私は言った。
「えー 知ってるなら 教えてよ」
「調べなさいっ」
国語教師の手の横に国語辞書があった。教師はそっと押し出した。
彼女はそれを持ち上げて、捲り始める。
「イ インポ インポテ……」 そして閉じる。


静かな時間が再び流れ始めた。