ハムスターの話

ハムスターを飼っていた。
ハムスターは孤高の生き物だ。
単体で生息する。
一匹につき一ケージ用意する。
四匹いた時は四個ケージが並んでいた。
同じ数だけ回し車がある。ハムスターは夜行性。


最初のハムスターはゴールデン。金之介。メス。
買う前から名前は決めていた。
ゴールデンなら(夏目)金之介。
ジャンガリアンなら(森)林太郎。


金之介は「特別」なハムスターだった。


大きかった。大きい分だけ脳も大きかったのかも知れない。
賢かった。


近所の人が言った。
「親ばかはしないのに 飼い主バカはするのね」


ふんだ。


金之介が病気になった。下痢だ。細菌性。
抗生剤を飲ませる。
「抗生剤が菌に勝つか ハムスターが抗生剤に負けるか」
金之介は大きかった。
大人ハムの平均は120~150グラムだが、220グラムあった。
でぶじゃない。「筋肉質だねえ」と獣医に言われた。
毎日室内を散歩させていたかんね。
だから抗生剤にも耐えられる筈だ。


野菜を、茹でて潰したり果物をすりおろしたり。
日に二度、ひとなめでもしてくれたらと入れ替えて与える。
好物の種は皮を剥いておく。


薬は注射器で与える。チーズのにおいをつけて口元に持って行く。
身体を掴んだ時に、一度だけ噛みつかれた。
「ごめんね ごめんね 嫌だよね ごめんね 我慢してね」
噛まれたことすら嬉しい。噛む元気があるんだ。
背後に子どもたちがいた。
「あれ わたしらだったら殴られていたよね」「ね」


安静を保つため新聞紙で囲って一番静かな場所に置く。
だが寝る時は枕元に置いた。


二週間後、夜中に気配を感じる。自分でトイレに行った!
もう大丈夫。布団にもぐって泣いた。


だが。
翌日冷たくなっていた。


泣いた泣いた泣いた。一日中泣いていた。
週末で子どもたちは実家に行っていた。


泣き疲れた夕方。
「ハムスターを買いに行く」
「は?」
「同じ色のハムスターを買いに行く。
金之介が死んだことは誰にも言わないでちょうだい」


つまり影武者。
大きくなるまで「まだ病気だから」と隠して育てる。


誰にも何も訊かれたくなかった。言われたくなかった。話したくなかった。


……あほ。
今思うと、あほ。
その時買ったチビハムにも悪いことをした。
だって愛せない。


金之介はベランダのプランターに埋めた。
線香を立て、お経をあげた。
実家が浄土真宗だったから正信偈があった。
キリスト教の祈祷書(?)もあったけど さすがになあ…


マンションのベランダでしゃがみこんでプランターに向かい
「帰命無量寿如来 南無不可思議光~」と唱える。


なんかいろいろ おかしかった。



結局影武者はすぐにバレた。無理がある。
金之介は平凡な色ながら やっぱり「特別」だった。


その後、スーパーの野菜売り場に行くたび涙が出た。
金之介のために目先の変わったものを懸命に探した日々が思い出される。
新しい果物を見つけても、金之介はもういない。