ものは言いよう

深野

旦那の言動が無神経で癇に障る。

週一ぐらいの割合で喧嘩(かどうかはさておき)になる。


もう知らんと言いながら

また管理組合の問題に関わってしまった。

看過できないと戦略を練る。


思いついて調べて諦めて

次の手を考えて煮詰めて「これなら」と旦那に話す。

したらば

「それもひとつの手だな」と言った。

言い方である。

感心したように言ったなら、強い肯定だが

こちらの耳にはそう響かなかった。


「なに 上から目線? じゃ 他の手を出してみ」

「そんなものない」

「何も考えてないのに なんで そういう言い方する?

それ以上の案がないなら単純に『そうだな』でよくない?」

「そのつもりで言った」

「いいや あんたの意識の問題だ。上から目線になりたがる」

「そんなつもりはない」

「なくても こっちのモチベは下がる。

唯一無二の手だと思ったのに 多数あるうちのひとつと言われたら」


「是非とも打つべき手だ」と言われたら

一生懸命頑張れる。だが

「まあ やってみてもいいんじゃない?」程度なら

別にやりたくもない。

そこをはっきりしてくれと言うのに

「やった方がいいに決まっている」と言いながら

「だがまあ 効果は期待できないかなあ」と傍観者的立場になる。


やる気を引き出したかったら

それなりの言動というものがあるだろ。

そもそもあんたが問題を持ち込まなきゃ済むんだ ぼけ!

世の中に たえて花粉のなかりせば

深野

春の心はのどけからまし。


スギ花粉は反応しなくなったと思っていたが

今年はくしゃみがひどい。

顔と目のかゆみはあれぐらが効いているのか ないけれど

少しの刺激でくしゃみが出る。

せっかくの天気でも洗濯も干せない。

多肉の鉢も外に出す気が失せる。



マック(の株)が! 上昇を続けている。


実はまだ売っていない。

最高値(7200円ぐらい)を記録したら売ろうかと思っていて

「あとちょっと」とか

「午後になったら指値しよう」と後回しにして

差値よりもはるかに上がってしまって

もういくらでならいいのか自分でも分からなくなった。


もともと

優待目的で買って

要らなくなったら 損が出ないように売る

結果儲けが出る というパターンだから

まだ優待を貰っていない けど

特別欲しいわけでもない けど 子どもたちが喜ぶかなあ

というマックはとても始末に困る。


倍ぐらいになったら迷わず売るんだが…

女帝はひとりでいい?

深野

女性天皇について

首相の一存で決められるわけがないのに

エラそうに一席ぶってる。

その時の首相次第で日本の象徴が決まるなんて

いいわけないのに。

というか、いかなる議案も話し合うのが民主主義なのに

独断専行が多すぎる。

その中でもこれが一番許せん。


自ら「女性初の」と騒がれたくせに

実は女性蔑視の立ち位置か。

夫婦別姓についての見解を見ても

そう思わされる。

(別姓については反対だからいいんだけどさ)


目立つ女は自分だけでいいとか思ってるんじゃないだろうね。



東宮一家と

弟一族では品格が違う。顔に出てる。

男か女かよりも、そっちの方が重要だよ。


立場と役割をわきまえている一家と

ひらかれた皇室の意味を取り違えている一族。


まあ 品格から遠い場所にいる女には分からんだろうけどな。

ギフトは毒

深野

英語のギフトはドイツ語では毒。


賜るものという解釈の分離といえなくもない。


いわずとしれたアレですね。某首相の。

合法か否かの問題ではない。

誰も喜ばない(受け取った側も困惑するばかり。

そもそも3万円で喜ぶのは庶民で議員ではない)ことに

金を使う。自己満足と見栄でしかない。

自分の金じゃないから合法だと言うが

自分の金じゃないからこそ慎重に使うべきである。


たかが900万。そういう感覚が怖い。

自分が決めたことは正しい。そういう思い込みが怖い。



国民会議とは名ばかりで

参加するには「条件」がある。

社説の隅で触れられていた事実に驚いた。

なぜこの事実をもっと大々的に、

たとえば一面で見出しに入れないのか。

野党側が一方的に拒否しているかのように報道しているが


そもそもが呼びかけられていない党もある。

消費税そのものの廃止を訴えている党は最初から除外。

自民の「給付付き減税」に賛同しないと参加できないというハードル。



国民の人気と過半数という玩具を与えられた子ども。


未成熟な集団に核兵器を持たせることの危険性を

訴えても耳を貸してもらえなかった人物が

その家の子どもに拳銃を持たせて帰る。

訴えを退けた当の主人は、拳銃を取り上げながら

「なんということだ! 子どもに危険な武器を持たせるとは」

と憤る。

そんな短編があったな。


チルドレンが爆弾を玩んでいる。

入学クライシス

深野

発表会の代休で、まごズを預かる。

久しぶりにまご女と公園に行く。

なわとびが目的だったが、結局遊んだだけだった。


昔は抱っこで乗っていたブランコもひとりで乗れる。

立って乗れる。

滑り台も安心して見ていられる。


かくれんぼをする。

かくれていたら悲壮な呼び声が聞こえてきた。

出ていくと「よかった。しんぱいした」と言った。

室内のかくれんぼはいつものことだが

屋外で、しかもふたりきりだものね。心細くもなるか。


清掃の人や近所の人とすれちがう。挨拶をする。

それだけで「おともだち?」と訊く。

そういうことに敏感になってしまってるのかと

憂鬱になる。


「みんなとなかよく」「ともだちいっぱいつくろう」

という声掛けは子どもらの頃もそうだった。

だから一度言葉を交わしただけで「ともだち」に数える。


誰とでも仲良くなんてありえないし

ともだちは作るものでも、多ければいいというものでもない。


入園の時「一番幸せな子ども時代は終わった」と思った。

それでも次第に園に馴染んでいった。


経験則がありながらも、入学を控え不安でならない。


自分の時は

園より学校の方が楽しかった。

漫然と遊ぶ園より

すべきことがはっきりしている学校の方が楽だった。

まご女もきっとそうだ。だから不安がる必要はない。

そう自分に言い聞かせる。