第二の性?

深野

家人がなぜだか急にボーヴォワールを読みだした。
図書館で予約して だが。


その2冊目である「モスクワの誤解」を
家人は「面白くなかった」と置いた。
ボーヴォワールも小説を書くんだと手にしてみる。


名前こそ知ってはいたが読んだことは(多分)ない。
多分、というのは
ボーヴォワールとサルトルの1シーンを読んだ記憶があるからである。
誰の手によるものか分からない。
自叙伝かエッセイ的なものだとしたら本人の可能性もあるが
「ボーヴォワールは読んでいない」と言ってもいいだろう。


面白いか面白くないかはさておき
読んだ感想は「意外」だった。


フェミニスト、フェミニズムの先駆者という印象が強く
もっと鋭い文を書くと思っていた。
突っ張った感じじゃないから好感がもてるけれど
物足りなくはある。
「モスクワの誤解」の根底にあるのは「老い」とあるから
そのせいかも知れない。



彼女の「女に生まれるんじゃない 女になる(される)んだ」
にはあまり共感しない。
時代と立場の違いだろう。


日本にレディファーストという言葉がないのは
意識してファーストする必要がなかったからだと思っている。
「原始 女性は太陽であった」
太陽をくすませたのは儒教と西洋思想で
日本女性の芯には太陽の時代が残っている。


私はオノヨーコは好きではないが
彼女の
「男女平等? どうして私たちが男のところまで落ちてやらなきゃいけないの」
という言葉は大好きである。


女性はXX。男はXY。
根幹をなすのがX染色体とすれば
男こそが第二の性なんじゃないの?