ドラマ

深野

家人が録画したドラマを見る。
御上先生である。


家人が主人公を指して「錦戸くんか」と言った。
家人は人の顔を覚えるのが得意だから疑いもせず
「へー そうかー 久しぶりに見るなあ」とまじまじと見る。


久しぶりどころか20年?
「1リットルの涙」で彼の存在を知ったのである。
ヒロインよりヒロインだった。
その後しばらくはテレビで見かけると「錦戸くんだ」と
言っていたけれど
そのうち忘れた。
私は人の顔が覚えられないので
他のじゃに系に紛れてしまったのだろう。


「成長したなあ」としみじみ。
ちゃんと役者になったんだなあと感心していたが


今調べたら「ちゃうじゃん!」。全くの別人であった。



人の顔が覚えられないということは
ドラマや映画をみていても、前半は、半分も話が分からん
ということである。
違う場面で出てきた人が誰なのか
顔だけじゃ分からないので関係性から判断するのだが
そうしている間にも話が進んでしまう。
そしてますます分からんくなる。


ドラマの場合はまだ反芻している時間が(一週間)あるが
映画の場合は待ったなしである。
ラスト近くに「ああ あの人はこの人か」と漸く分かり
それまでの数々のシーンを走馬灯のように思い出し
ラストでやっと追いついて、なんとか周囲と一緒に「感動」
…できればまだいい方で。
家についてから、「ああ そうだったのか」と泣いたこともあった。



東京サラダボウル。録画で見ている。
家人がいない時にひとりで見るのだが
なかなか機会がなく、まだ一回分しか見ていない。
一回目を見る限り、原作を再現しつつ整理もされており、
なかなかいい台本だと思う。


御上先生も、なかなかいい台本だと思う。
でもそうか。錦戸くんじゃなかったか。
一リットルの涙でのヒロインっぷりはなかなかで
「肩甲骨がええなあ」と眺めていた。


娘の同級生の母親と話していて「号泣だった」と言うから
「うちでは爆笑だったよ」と返して顰蹙を買ったっけ。
我が家では突っ込み合戦してたよ。