改めて振り返る

深野

3年前は というのはよくある。

ふと

6年前を考える。

コロナ前夜。1月はまだ噂と笑い話だった。


2月に入って娘が里帰りしてきた。

出産のため入院。その時はまだ入り口で消毒程度で

家族も病棟には入れたし、婿さんもきっちり付き添った。

それが退院の時には既に消毒薬もマスクも店頭から消えていた…

数日遅れていたら、ひとりで陣痛に耐えなければならなかった。


婿さんの在宅勤務が決定するまで娘は我が家にいた。

長かった…

その間、妊娠中の借りを返すように食べまくった娘は

胃痛で救急搬送された。コロナの真っ最中によ!

乳児を抱えて途方に暮れる私。


ぬくぬく実家暮らしから自宅に戻った娘。

当時車で20分の距離に住んでいたのだが

「実家の徒歩圏に引っ越す」と宣言。


新居に落ち着いたと思ったら第二子妊娠。

つわりが重く、まご女の子守に毎日通う羽目に。

この年家人が理事長だった。

資料づくりや議事録の修正は私の仕事。

娘宅から戻ると離乳食づくりとワードが待っていた。

心身ともに辛かった…


出産里帰り大喧嘩。娘を追いだした後、久々の外食。

あの時の解放感と幸福感たらなかったわ。


その後検査手術入院化学療法…


人生の一大事と世界の一大事(コロナ)が詰まった5年間だったわけだ。

この1年ぐうたらしようがのんびりしようが

それはご褒美というものではないか?


と言い訳に終わるのであった。